19.11.09

壊れたこと。寂しいこと。

 しばらくのあいだ、体調を崩してぐったりしておった。高熱で神経がへらへらしてしまって、寝床のなか、まったく抑揚を欠いた調子で「犬のおまわりさん、困ってばかりでわんわんわわーん」とおもむろに歌ってしまう。起きてみても、何度も気を失いそうになり、これって新型ウィルス? 流行りものゲット? と気分を高揚させたまま、病院まで歩く。真っ直ぐ歩けなく、途中で記憶が飛びそうになるが、ハタからみれば単なる酔払いがふらふら歩いている午前11時。診察してもらったら、ただの風邪やんけ。解熱剤と抗生物質投与で熱は下がる。
 
 それから一週間おきにノドが痛くなるという現象が起き、仕舞いにはヨダレも呑み込めなくなり、二階の窓からびよーんとヨダレを垂らしてみる。お釈迦さまだぜ、クモの糸ごっこ。周囲から見られない場所に住んでいて良かったと一安心してみるものの、食事どころか水も飲めなくなって、しかたなく医者へ。扁桃腺が腫れて、膿がたまっていたらしい。ノドに穴空け、膿を排出。痛え。
 
 現在は小康状態だが、薬をたんまり飲んでいるせいか、身体が妙に重い。いつまで続くのだろ、こんにゃろ、といった状態で過ごしている。今年初めて帰省して、モンテディオ山形対大宮アルディージャの歴史的な一戦を観るのも取り止め。寂しいのう。
 
 最近、もっとも寂しかったことといえば、死体遺棄の市橋容疑者が捕まったことかねえ。別に彼には、何の共感も思い入れも一切ないのだが、誰であれ、逃げている人が捕まるのは、やはり寂しい心地がする。この管理化が進む日本で、うまく自らを隠して逃げおおせることの困難さ。これを成し遂げようとするロマンティシズム。捕まることよりも、リスクが大きい逃亡生活を選ぶことに実存を置こうとする精神。単に容疑者が捕まったのではなく、自分のなかにあるロマンティシズムが壊れてしまったような寂寞に襲われたのだった。
  
 気を紛らわそうと、携帯メール着信音を例の「花みづき、夏には白い花を、秋には赤い実」に変えてみる。うーん、携帯から突然人の声が流れるのはやっぱ落ち着かねえな……と一日で挫折。それにしても、彼はいったいどんなシチュエーションでこれを録音したのかねえ。激しく気になる。