8.2.10

裁判員制度広報映画を立て続けに見る。

 裁判員制度に関する報道はまこと興味深かった。「そんなの絶対やりたくない」「仕事が忙しいんだよ」「プロに任せればいいじゃん」みたいな意見が続出、「お上にお任せ」な江戸期の百姓体質がかなり根強いことが証明されたのだから。卑しめようというのではない。それが、伝統的な庶民意識なのだから。まあ、個々の人々がそれを形作るという「社会」意識なんて、この国には間違っても存在していないということは確か。そんなものが無くても、うまく機能しているシステムがあることに、素直にすごいなと感心してしまうんだけども。
 
 そんな甘じょっぱい話はともかくとして、裁判員制度を広報する映画というものが複数あることを知り、これをまとめて見てしまった。内訳は次の通り(ほかに短編やアニメ作品などもあるが、これは除く)。ほとんどがネット上で鑑賞可能だ。

法務省制作が1本。 
「裁判員制度ーもしもあなたが選ばれたらー」(リンク先は予告編のみ) 
最高裁判所制作が3本。
「裁判員〜選ばれ,そして見えてきたもの〜」
「審理」
「評議」
 
 法務省の「裁判員制度ーもしもあなたが選ばれたらー」は、最近の邦画っぽいカメラ・ワーク。選ばれた裁判員がみんなウソみたいにやる気がないのが衝撃的だ。選考のために集まったところでブーたれ、面接でブーたれ、選ばれてからの評議の最中にもブーブー。「俺たちゃ百姓、お上の問題には一切触れないぜ」という心意気さえ感じさせる。
 その意識を変えていくのが、中村雅俊が扮する裁判長。彼がやたらに強烈なオーラを放ち、やる気のない裁判員たちを引っ張っていく感動的なストーリー、ってわけだな。裁判所のロケで使われたのは、旧お茶の水スクエア(現日本大学)。

 一方、最高裁判所が制作した三本はいずれもテレビ・ドラマを意識した作り。
 「裁判員〜選ばれ,そして見えてきたもの〜」は、法務省のものと違って、裁判員がウソみたいにやる気まんまん。「是非、この有意義なものに参加したい」という姿勢がギラギラと眩しすぎる。法務省の映画と違い、ロケ地は実際の裁判所施設を使用、小道具も細かい。被告の腰紐、手錠もバッチリ登場する。
 法務省制作の映画では、公判の日に会社の大事な取引きが入ってしまい、主人公の裁判員(西村雅彦)の深い葛藤が描かれるのだが、この映画でも同じシチュエーションが現れる。しかし、裁判員(村上弘明)は、毅然として裁判のほうが大事だと言い切るのだ。ウソみたいにカッコ良すぎるキャラ。
 
 法務省作品が「社会参加の意思が低い裁判員」をリアルに描き、それを裁判所がうまくリードする物語を展開したのに比べ、最高裁作品は最初から理想的な裁判員が存在する(存在して欲しい)という違いが著しい。
 一方、二つの作品には印象的な共通点もある。主人公役の裁判員が子供を持つ親であり、いずれも子供は「親が裁判員に選ばれるのは光栄で、その責務をまっとうして欲しい」と願っていること。そして、最後は少しギクシャクしている家庭が、親が裁判員をすることによって、円満になるという設定だ。裁判員で家庭問題も解決、というメッセージなのである。なんと、すばらしいことか。

 さて、お次は同じ最高裁制作の「審理」。これは、酒井法子主演ということで、大いに話題になった作品である。くだらぬ理由でお蔵入り中だが、全編をyoutubeで鑑賞可能。
 こちらは、酒井演じる主婦が主人公。これまでの二作の主人公は男性会社員(ともに課長)であり、いずれも公判当日に大事な取引きが重なったのに対し、この映画では「予約がなかなか取れない店での豪華ディナー」が犠牲となる設定だ。ディナーが会社の仕事よりも重要性が低い、なんてことは思わないけれど、なんだかこうあまりにも対照的に扱われると、変な心地がしてしまう。
 「審理」は、思いっきりコテコテなホームドラマが特徴的。主人公での家庭での、妙にイキイキとしたやり取りが印象に残るのだ。一方、そんなホームドラマの主役が、裁判所に出向いた途端、これまでのゆる〜い雰囲気が一掃され、まるで別の作品みたいにキリリと引き締まる。そのコントラストが妙におかしい。こんなにユルい人でも、裁判員になればキリリと職務をこなせるものなんですよ、といわんばかり。
 
 最後も最高裁制作の「協議」。これは、いきなり火曜サスペンス劇場のノリ。これまでの映画にあった裁判員の家庭は描かれず、あくまでも評議と表決のシーンが主要テーマとなる。法廷のシーンは、ほとんど回想シーンとして登場し、サスペンス仕立ての音楽がこれでもかと付けられ、ちょっとしたミステリー気分を味わえる。
 
 ほとんど代わり映えしない、同じようなネタで4作品見たが、作り手によって違うもの、また同じものがチラチラ見えて来くるのがいい。もちろん、広報用の映画なので、この説明をこんなシチュエーションでしちゃうのか、といった脚本テクにも注目するのもいいだろう。税金使ってこんなものを、と思う人もあろうが、万物はエンタメとして開かれておるのだから利用せにゃ損。