26.12.07

ノーメンのある生活


最近、能面を買うてみた。というのも、今の仕事部屋にはこういうものが必要ではないかと考えたからだ。

人の気配があると、それが気になってあまり仕事が捗らない性分である。しかし、本当に何の人気もないと、つい気が弛んでしまい、やはり仕事が捗らぬ。

だから、部屋に能面を据えてみたのだ。確かに、その面からは、何らかの気配を感じる。クールな視線を受ける。

それは物質に過ぎない、ということははっきりとわかっている。そうであってもさえ、誰かの視線を浴びているという感覚から抜け切れない意識もある。

このちょっとした緊張感がいい。程よく空いた電車のなかで、読書が進むように。

経年劣化で眉はほとんど消えかかっている。近寄ると塗料の乾燥による細かいヒビが入っている。骨董趣味はないので、詳しい由来はわからない。ただ、全体のバランスの良さに惚れて購入したのだった。

さらに、効用があったのは、これをじっと見つめていると、自分がどのような精神状態にあるのか、よくわかるということである。気分がいいと能面はかすかに笑みを浮かべているように見え、怒っているときは目つきが鋭くなる。

能面、とくに、この小面はフラットな表情になるように作られている。角度や光の具合、そして、それを観た人の心理状態によって微細に変化するように設計されているわけである。無表情を表わすのに「能面のような」などという形容を使う人は、そういうことがわかっていない。能面ほど表情豊かなものはないのだから。

朝起きて、今自分はどのような精神状態にあるのだろうか、などと鏡代わりにも使えてしまう。自分自身を外在化させるというわけだ。ノーメンのある生活、オススメである。