14.12.07

ハーディングの第九?

昨日の昼過ぎのことでおじゃった。来年のダニエル・ハーディングの東フィルとのチケットをそろそろ何とかすべえ、とネットをぐるぐると回っていたら、とんでもない情報に出くわした。

12月13日(木)「聖響×第九」公演に出演予定の指揮者 金聖響は急病(急性腰痛症)のため、本人の友人でもある指揮者 ダニエル・ハーディング氏が出演いたします。
http://www.imxca.com/information/071213.html

ハーディングのCDライナーノーツに金聖響が文章を寄せていたりして、二人は仲良しということは知っていたが、何とも豪華な代役だぜ。オシムの代表監督の後任にモウリーニョが来るような、いや、それよりもずっとサプライズな贅沢三昧。金聖響はナマ演奏を聴いたことがないから何の判断しようもないのだが、にしたって、こりゃあ金がプラチナに化けたって以上のことはあるよなあ。

この指揮者変更のお知らせが出たのは、まさしく演奏会当日。チケットを買った少なくない人が、ハーディングが指揮台に昇ることを知らずに会場に駆けつけることになり、来てみてビックリ、なんちゅう果報者め。おいらもそんな果報にありつきたいものよのう。

んで、困った。この日はまったりと映像を見る日だったのである。天才なんだか変態なんだかもう混濁してしまうわっちゅう魅力に満ちた大木裕之の上映会、しかもゲストの帯谷有理(90年代、日本でもっともエキサイティングな映画を撮ったのはこの人だと思う)の新作短編も観れるという、個人的には激烈な魅力に満ちたイベントがあったのだ。ハーディングか、帯谷有理か。あたし孤独なパーシバル。時間が経過するにつれ、二者択一を迫る山下奉文の怒号が聞こえてきそうで、クラクラしちゃうの。

時刻は18時。この時間に家を出なければ、ハーディングの演奏会場であるミューザ川崎まで間に合わなくなってしまう。わたしはまだうじうじと悩んでいたのである。ハーディングはろくに練習つける時間も無かったろうし、新日フィルとは初顔合わせだし、まあ、彼の演奏にはならないかもしれない、けれど、彼は本番一発でオーケストラをノセることも出来るだろうし、オーケストラのほうも初顔合わせということで必要以上に刺激的な演奏をしてくれるかもしれねえ、などと思考が堂々巡り、映像イベントの会場、neoneo坐はおもろい企画が多いけれど、長時間あの椅子に座るのも疲れるなあ、などと本当にどうでもいいことまで脳髄を駆け回った末、やはりふんぎりがつかぬのである。こんなに迷うなら、いっそどちらも行かずに家で無言でネギでも刻んでいようか、コンニャロめ、などと破滅的かつ義理堅いことさえ考えてしまいそうになる。

新しく出た情報に従え。ふと、そんな言葉が過った。ハーディングの情報は、何時間か前に偶然に発見した新しい情報。これは啓示みたいなもんではないか。今回は、もうそれに決まり。猛然と支度して、川崎に向かったのであった。

本当にハーディングは舞台に出てくるのか。オーケストラの音合わせが終わったとき、そんな不安に襲われた。だいたい、なぜこんな時期にハーディングは日本にいたのだろう。もちろん、今月も来月も日本での本番はないから、ヨーロッパから急に呼んだのか。それにしては急すぎる。まさか、クライバーみたいに熱海あたりでお忍び湯けむり紀行中だったのか。謎だ。少なくとも、この日、同時刻、演奏会場の隣の市で行われている、クラブ・ワールドカップと称した大会で、浦和レッズと戦う相手が、もしもマンチェスター・ユナイテッドであったなら、こんな素敵な代役は無かったに違いなかろう。ハーディングは、マンチェスター・ユナイテッドの熱烈なサポーターなのだ。

不安は打ち消された。舞台に出てきたこの若造の音楽は、まさしくハーディングそのものだったからだ。オーケストラはさすがに水っぽさは否めねえ。先日、郡山市立美術館の食堂で食べたカレーを思い出してしまう。けれども、激しい身振りで、その水っぽい音に微妙な表情を与え、グイグイと引っ張っていくハーディング。第一楽章の展開部のフーガを強調するなど、弦楽器のアンサンブルの精緻さは見事じゃけん。第二楽章のスケルツォ主題には効果的にテヌートを取り入れ、第三楽章は対旋律をクローズアップさせることを忘れない。演奏にノメリ込んでいるうち、オーケストラの水っぽさが瑞々しいという印象に変わっていく。最終楽章は、すばらしいバランスを保ちながら、抜群のノリで締めくくった。12月の日本でこんなに退屈しない第九演奏を聴いたのは、生まれて初めてかもしれない。

兄貴分であるラトルと比べられるハーディング。両者も相当強引なことをやりまくる。しかし、ラトルの音楽からは「やってこませ」などというわざとらしさ(これはこれで楽しいのではあるが)が聴かれるのに対し、ハーディングはもっと爛漫にそれをこなしてしまう。自分のキャリアにはちっとも加算されない代役を引き受けてしまうような彼らしさが現れていた演奏でもあった。電車に大量のレッズ・サポが乗り込んでくる前にササと早足で会場を後にした。