最近のあたくしのアイドルは、篠原聡子さんである。
彼女のことを知ったのは、先日、広島の原爆ドームに不法侵入した女性が逮捕されたというニュースからであった。「いったい、なんなんだ、この人は」とネットでご芳名を検索したら、わりと有名な方なのであった。
ジャニーズの滝沢くんが自分をストーカーしていると妄想し、さまざまなアクションを起こしていたのだという。その数々の業績は各自ネットで検索していただくとして、わたしが感銘を受けたのは、この二つの音声ファイルである。
http://eastinside.org/~soulsonicforce/cgi-bin/upload/source/up1457.wma
http://eastinside.org/~soulsonicforce/cgi-bin/upload/source/up1458.wma
最初のほうは、篠原さんがジャニーズ事務所に乗り込んで、社員と直談判する様子を、篠原さん本人が録音して、自分のブログにアップしたものである。
その下のリンクは、その直談判したあとに、事務所の近所の乃木神社で器物損壊を働いた後、警察を呼べと神社関係者に詰め寄っているところの実況録音である。
いずれも尺が長いし、強烈なので、うかうか気軽に聴いてしまうと、痛い目に合うのは必至だが、これがなかなか考えさせられるものであった。
一つの劇作品として、わたしは聴いた。荒ぶる超アウトローが、市民社会の不思議さを浮き出させるコンセプトを持った作品として。
ジャニーズ事務所の対応は、いかにも「会社」的であり、いかなるコミュニケーションも取ってやんないぞという魂胆がミエミエである。もちろん、篠原さんのような人と満足できるコミュニケーションを取るのは絶対的に困難なのだけれど、彼女のような媒介があると、そうした魂胆が怖いくらいに明瞭に見えてくるのである。
乃木神社のシーンは、まさに、お能の世界だ。神域に笹を手にした狂女が入ってくる。「三井寺」や「賀茂物狂」などの四番目物を観能するとき、わたしはきっと篠原さんのこの金切り声を思い出し、その恐怖に打ち震えるだろう。
激高したかと思えば、妙に論理的なことをまくしたてる瞬間がある。わたしだけの経験かもしれぬが、こういうのは女性ピアニストの演奏に多い。その特徴は、表現の切り替えが鮮やかなほどに際立っていることだ。決して、直前のアーティキュレーションを引きずらない。感嘆はすれど、ちょっと苦手なタイプではある。
妄想の世界は、決して論理的能力が弱い人が作り出すものではない。逆に、強い論理志向が、強度な妄想の世界を作り上げてしまうことが多いものだ。確実にいえるのは、多くの人が日常的に安住している「妄想」と、一見強烈そうな篠原さんの「妄想」とは、思っているほど違いはないということだ。それが一番恐怖なんじゃないのかなあ。